Paroles

百合の花の匂いが漂うていた。
ドアのカーテンの隙間から一筋の明るい
太陽の光線がはいっていた。
その隙間から海が見えた。
織田作之助 ひとりすまう
カロマージ ぼたん雪
この世に生を受けた時から、
男の象徴とされるものを股に提げていなかった。
両親と共に裕福でないながらも
この地でまずまずの暮らしをしていた。
そのことを酷く悲しんだ母は、
己のせいだと思い込み過保護に育てた。
父は、九歳の時肺炎で亡くなり、母はすぐに再婚したが、
その義父は粗暴者であった。
母は毎日のように殴られ、私も罵声を浴びながら育った。
年々異常さを増していく息子への愛情に、
父と姉は得体のしれない不気味さを感じ、
ついに父が離婚を切り出した際も母はむしろ清々した様子を見せた。
ぼくらは暫く物も言わず
向きあったまま突っ立っていたが、
やがて滑稽なことだが、
どちらからともなく坂を下り始めた。
十歳の頃、初潮がきた。すると義父の見る目が変わった。
女を値踏みす るような目つきを向けるようになった。
姉は父について行ったが、それでも弟の心配をしてか、
度々会っては、「早く家を出るように」と、口を酸っぱくして言い続けた。
母の目を盗んでは、やましい悪戯を繰り返された。
母を裏切った気持ちになり、これは隠しておかなければならないことだと、
子どもながらに 気を使った。
高校生になった頃、
ようやく母のなにかが狂っているのかも知れないと気づいた。
できるだけ離れようと、米子にある実家から程遠い大阪の大学へと進学した。
そんな折、小学校の校外学習で亡き父の勤めた製鋼所を見学することとなった。
大層喜び、あらゆるものが錆びついた工場内で瞳を輝かせた。
薄れ始めていた父の記憶が鮮明に蘇るようであった。
溶鉱炉での銑鉄の様子を目の当たりにした時、強烈な衝撃に襲われた。
高炉からごぶごぶと溢れ出るマグマのような銑鉄に、
自らの月のモノを 重ねたのだ。
登らずに引きかえして下り出した
ということが何か可笑しくて、
微笑すると、彼女もクスッと声を立てた。
一直線にのびるメイン通りの道をぼたん雪が濡らし、
その上に桃や橙の色をした灯りが
滑(ぬめ)りを帯びて煌めく様を、美しいと思い眺めていた。
一直線にのびるメイン通りの道をぼたん雪が濡らし、
その上に桃や橙の色をした灯りが滑りを帯びて煌めく様を、
美しいと思い眺めていた。
Written by: 神尾晋一郎
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